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正規ルートの診療とは

私はFTM(female to male)系トランスジェンダー(性別越境者)で現在、ホルモン投与を行っているが、岡山大、埼玉医科大、関西医科大などのいわゆる「性同一性障害(GID)」のガイドライン診療に基づいた「正規ルート」には乗っていない。ネットなどでホルモンを入手しているわけではなく、医者にはかかっているが、「GID」のカウンセリングも受けたことがなく「闇」=自由診療(非正規ルート)での投与である。

正規ルートに乗っていなければ、戸籍上の性別が変えられないという噂はあるが、私は天皇の家来のアイデンティティはないので、戸籍制度の中で性別変更がされても戸籍制度を強化するだけだから、自分の性別を戸籍制度に関わらせたくない。
天皇家だけにはない日本の戸籍制度こそが問題なのだ。誰から生まれ、誰と兄弟であり、先祖は誰で、家自体がどういう歴史を持っているか、本家はどこで分家はどこであるか、婚姻の経験はあるか(離婚経験を表すバツイチ、バツニなどは戸籍制度の記録に基づいている)など、戸籍を見れば一目瞭然だ。もともとは部落差別も戸籍を基にしていた。これはプライバシーの侵害とも言える制度なのだ。
私はせめてもの抵抗にと、二十歳以上なら簡単にできる分籍を実行している。そして、権利を手に入れた二十代の時、自分一人だけの戸籍を持ててほっとしたのを覚えている。

海外の場合、台湾と韓国だけが戸籍制度を持っている。これは日本が占領した時、押し付けた悪法で、その他の国にはない。国家体制には便利かも知れないが、本当なら現住所さえ分かっていれば行政サービスにとっても問題はないはずである。

私はそんな戸籍制度の中の性別変更のために「正規ルート」を取ろうとは思わない。
精神科医に「本物の女」「本物の男」として「認めて」もらわなければホルモン投与や外科手術ができず身体が変えられないので、わざとMTF(male to female)はスカートをはき、メイクをし、FTMは短髪にしてできるだけ男っぽい服装で行く。それで蓄積されていく精神科の「GID」データは現実をゆがめている。これでは恐らく精神科は偏った情報しか持っていないのに違いない。
たまたま自分の好みがジェンダーステレオタイプに合っている人なら構わないが、MTFはより女っぽく、FTMはよりマッチョに、それが「正規ルート」が持っているジェンダーバイアスを強化してしまうことになる。
一般には、女でもボーイッシュな人はいて、短髪、ノーメイク、パンツルックしかしないという人は大勢いる。男でもメイクをしたり、髪を伸ばしたり、おしゃれをする人もたくさんいる。しかし、精神治療はそれを無視し、当事者たちの「認めてもらう」ための、ジェンダーステレオタイプにはまった過剰なアピールをそのまま受け取っている。これでは保守勢力の強化になるとしか思えない。

GID診断の必要性とは、当事者が「性転換」したことを後悔しないようにという思いが強いように思う。確かに身体を変えることは大きなことなので、いろんなストレスがかかってくる。例えば、会社の正社員として働いている場合、健康診断の扱いやトイレの使用など、日常的に厳しいことがたくさんある。そこに「GIDで正規治療を受けている」と医者の証明が得られれば、まだ上司の理解を得られる確率は高い。
私はフリーランスのライターなので、その辺りの煩雑な手続きは不要だった。その代わり、取引先の編集部などにどう思われるかという心配もあったが、カムアウトしなくても意外に受け入れられ、事なきを得ている。トランスが進む前に名刺上での名前は中性的に変え、昨年戸籍上の名前変更も済ませた。だから、取材先に行っても誰も気付かない。これはとてもラッキーだった。

トランスジェンダーとは言え、性別さえ変えれば何もかもうまく行くわけではない。だから長い間、自己肯定できない人もたくさんいる。身体を変えることは実際大変な作業なので医学的知識が必要となってくるし、生活全般に渡るサポートが必要なのだ。しかし、ジェンダーイメージのワンパターンに乗らないと「正規ルート」のサポートは得にくい。本来ならありのままの人間を受け止めて、人が生きたいように医療がフォローするのが仕事なのに、今のやり方は杜撰である。

それぞれの人間が決断し、身体を変えていくことには、医者が「GID」と認識しなければならないことは要らないはずだ。精神医学では同性愛は疾患から外れたが、トランスジェンダーは「性同一性障害」と診断される。つまり、ある種の精神障害とされているわけなのだ。しかし、精神障害や精神疾患などと自分のジェンダーや身体を変えたいということは別のことだ。

本来なら、医者のジェンダーバイアスに基づいた診断よりも一番大切なのは、トランスすることでどんな弊害があるか、身体への負担や金銭的負担、社会的差別の問題などを明らかにし、そういった情報を提供した方が現実的なのだと思う。

また、ここではFTMゲイやMTFレズビアンが表に出ない。それは社会のコントロールである。管理をしたいという立場とうまく行くようにサポートしたいという立場は対立するのが当たり前なのだ。

私は「闇」でホルモン投与を始めたことに何の後悔もない。当事者の自助グループに参加し、運営にも関わり、医療などの情報を交換し、実際の当事者たちの変化をつぶさに見ることを何より一番大切にしてきた。当事者にはいろいろな考えの持ち主がいる。私は自分が女として生きてきた経験を大切にしたいと思っているが、そんなものは抹殺して、セクハラをするなど女性差別的視点を強化する人もいる。私にはそれが理解できない。

「正規ルート」が不必要だとは言わないが、医者に求めたいのは、自分のジェンダーバイアスで人を判断するのをやめて欲しいということだ。それは体制の保守化、当事者の保守化につながる。男らしさ、女らしさというのは本当にあるものなのかどうか、医者は一度冷静に考えてみた方がいいだろう。文化によって、男らしさ、女らしさは全然違う。女の方がポジティブで力強い文化もあるが、日本の伝統的な考えのように男の後ろについておしとやかにしている方がいいとされる文化もある。

トランスジェンダーとは性別越境者と訳される。女・男という二枠があるからこそ、「トランス」と解釈される。しかし、枠組みがなくなれば、トランスジェンダーという言葉もなくなるに違いない。自分がどういう外見でどんなふうに生きたいのか。それを実現することで保守体制や現状を固持したいと思っている人以外に誰かに迷惑をかけることはありえない。「正規ルート」だけに留まることなく、トランスジェンダーへの理解を広めること。ホルモン投与や外科手術の安全性の監視はもちろんのこと、後のサポートに力を注ぐこと。結局、戸籍が変わったとしても、人々の偏見はなかなか治るものではないし、本当の革新はそれからだ。そこを勘違いすることなく、生き抜くこと。何より大切したいのは、それである。

Text by Ray Tanaka
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    << 参考URL >>
  • T-junction
    http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Sirius/9479/

    FTM のセルフヘルプグループ
     
  • Trans-Net Japan: TSとTGを支える人々の会
    http://www.tnjapan.com/

     
    Uploaded by Janis Cherry
    12.10.04
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