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"iratsume" ->> Nihongo ->> 「分野別」->> エッセイ トランスジェンダーとしてのカムアウト
トランスジェンダーとしてのカムアウト 私は昨年2003年9月15日、くも膜下出血と脳梗塞で倒れた。たまたまパートナーを含む5人で日本海側に旅行中だったので、すぐにイビキがおかしいと発見してもらえ、救急車で運ばれた。すると偶然、脳外科の医者が宿直の病院に連れて行ってもらえ、一命をとりとめることができた。最初の病院では緊急だったので個室。皆理解のある友達ばかりだったので、男性ホルモンを摂取している私が一見男性に見えるFTMトランスジェンダーであることを病院の人たちに告げ、事なきを得た。 しかし、大阪市内への転院の時、友だちが転院先を探してくれたが「トランスジェンダーなんですが…」と切り出すと「前例がないから受け入れられません!」「会議にかけてみないと…」「院長に聞いてみないと…」「難しいですね…」と何軒もの病院からネガティブな反応を受け、拒否を食らった。命がかかっている時に医療サービスも簡単に受けられないなんて悲しい話である。しかし友だちが努力してくれた結果、良いリハビリ病院が見つかり、無事転院することとなった。 転院先では最初個室だったが経済的に苦しいので男性用大部屋に入れて欲しいと頼み、スムーズに入れてもらえた。やはり見た目が男になっているので、女部屋に入ると同室の人にストレスを与えてしまう。無理解な状況があるのも分かっているので、もしも女性用大部屋しか入ってはいけなかったら、変な眼差しで見られ、いちいち説明して回るだけで疲れたはずだ。 すでに改名を済ませていたのもラッキーだった。「田中玲子」が「田中玲」となり、もちろん保険証も「田中玲」だったので、病室前やベッドの上に貼られる名前は「田中玲」となり、煩雑な交渉をしなくて済んだ。それに最初は車椅子だったが、トイレも男性用、お風呂は基本的には大風呂なのだが、一人か付き添いとだけ一緒に入れる浴槽があったので安心だった。 しかし、男性用大部屋に移って、お見舞いに来た両親が気付かないはずがない。父親は他人に興味のない人なので気付かなかったが、やはり母親が気付いた。そこで母だけに「実はトランスジェンダーで男性ホルモンを打ってるんや」と言うと「男性ホルモンなんて打たんといて!」とわっと泣かれる始末。「自分で決めて始めたことやし、幸せなんやからいいねんで」と言ったが「お父さんにも誰にも言わへん!」と決意を語られ、私も気付かない父に言うつもりはなかったので話はそこまでとなった。 私はてっきりそれが初めてのカムアウトだと思っていたが、最初の病院ですでに一度母にカムアウトしていたらしい。最初の病院での記憶が全くないが、母とすれば二度のカムアウトはいい迷惑だっただろう。 私は母に分かりそうな言葉を選び「新聞とかでよく取り上げられてる性同一性障害っていうのがあるやろ?あんな感じやねん」と整然と言っていたと後で友だちに聞いた。記憶もないのに私もよく説明したものだと思う。それだけ自分にとっては大切なことなのだなと改めて認識させられた。 それからも母からはよく電話がかかってくる。「玲子、元気か?元気ならええんやけど」という簡単なものだが、「玲って呼んで」と言うと「玲子は私にとっては玲子なんや!」と受け付けてもらえない。胸はまだ切除していないのでナベシャツを愛用しているが、声変わりし、体毛が濃くなり、体付きも男性的に筋肉質になった私が「玲子」と呼ばれていることは本当に奇異だ。しかし、母が納得しないので、とりあえず私も仕方なく受け入れている。これからゆっくり時間をかけて話して、分かってもらうしかないだろう。 いずれにしても私のカムアウトはハプニングで偶然済んだ。年に一、二回しか会わない両親には離れているのにフォローする自信もなかったし、面倒だったので言うつもりはなかったのだが、生きるか死ぬかという局面に来ると言わざるを得なくなった。声変わりの時も「ポリープちゃうか?」と何度も聞いてきた母に「検査したけど、医者はどうもない言うてたよ」と答えて誤魔化してきた。 しかしよく考えると、私が急死した場合、カムアウトしていないと現在同居しているパートナーに苦しい思いをさせることになってしまう。 私のパートナーは同じFTMのゲイのアメリカ人だ。私は男性化を自由診療でしており、いわゆる「性同一性障害」治療の正規ルートをとっていない。「女」としてカテゴライズされ生きてきたことは大切にしたいので、戸籍上の性別を変更するつもりもない。もちろん「普通の男」としてなど生きたいとは思わない。 しかし彼はカリフォルニア出身で下の性器手術をしていなくても、ホルモンを打ち胸さえ取っていれば、公的に性別を男性に変えられるため、私が妻になる覚悟を持てれば結婚できなくはないが、二人ともポリガミー(一対一の関係のモノガミーを優先させない)であり、結婚制度を利用したくはないので今は冗談で終わっている。だから公正証書を作って対応しようと今は思う。 くも膜下出血と脳梗塞のおかげで、今回は本当にいろいろ考えさせられた。今後病気で入院した時のことや、半身不随など身体障害になってしまう可能性のこと、財産分与のこと、葬儀のことなど考えなくてはいけないことがたくさんある。 私は幸運にも何の障害も持たず普通に復帰できたが、両親や親戚が出てくる時、どう対応するか。公正証書の力は弱いが、弟と妹には話してあり、理解はある。両親より長生きできれば問題は少なくなるだろうが、まだ問題は山積している。 カムアウトはカムアウトだけでは終わらない。カムアウトが全ての始まりなのだ。 Text by Ray Tanaka 18.09.04 Copyright © 2002-2008 "iratsume." All Rights Reserved. |