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September 21, 2002 updated

子どもは大人と同じく、人格を持った個別の人間です。基本的人権を持っていて、それを守る権利があります。その権利を侵すことは誰にも許されていません。



<子どもの性的虐待とは>

性的虐待とは、セックスするということそのものや近親姦とイコールではありません。実際にはもう少し広い意味で使われる言葉です。

言葉によるからかいも含みます。例えば、子どもがいやだと思う言葉、卑猥な事を言わせる。子どもに向かって最近胸が大きくなったなあとからかう。太ったんじゃないのかといやがる事をわざという。

胸や、性器に限らず、体の部分に触れること、逆に触れさせること。

写真を撮ったり、服を着替えさせる事も、お風呂に一緒に入ることも。

チューする事も、抱っこする事さえも。

子どもが拒否するのに、いやだといっているのに無理にすれば虐待です。

子どもが弱い立場である事、経済的、社会的、身体的弱者であることを利用して、拒否できない事につけこんで、力の強い人間がその欲求を満たそうとすれば虐待になります。

問題は、相対的に力の強い人間が子どもに対して性的な事をする、させる、言う、言わせることで、これは人権侵害に当たります。


<深刻さの度合い>

もちろん子どもの年齢や、発達度、環境によって、同じことをされても深い傷になる人と、さして深刻なことにならない人とがいます。それはあなたが例えば3才の子どもにチューするときには分からないでしょう。

性的であるかどうかにかかわらず虐待を受けた子どもは、大人になってからも虐待された記憶が心的外傷となって残ります。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)や気分障害を引き起こす確率は虐待を受けなかった場合に比べて高まります。


<子どものからだ>

子どものからだは、あなたの体があなたのものであるのと同じに、その子どものものです。

子どもは自分の体は誰のものと聞かれて、自分のものと答えられない場合があります。 お母さんのかもしれない、お父さんのかも、でもやっぱりわかんない。そんな感じでしょうか。

自分の体の感覚を、自分のものとしてはっきり感じるよりも、周りの雰囲気や、大人の期待に添って行動することがあります。


<子どもと大人の力関係>

子どもは大人と比べて力が弱いのです。子どもである事は、年齢が低いというだけではありません。数の上では大人と比べて少数ではないかもしれませんが、さまざまな面で力のないことから弱者です。

病気にならなくても、怪我をしなくても、ジャムのビンが大人に頼まないとあけられない。
食事は子どもが独りで耕した畑で取れた野菜だけでまかなっていくのはほとんど不可能です。

誰が経済的に支えているのでしょう。
誰が、子どもに間違ってホウ酸団子を食べないようにと言い聞かせているのでしょう。

大人が子どもを守っているはずです。子どもといわれる歳の人間が仕事をして、経済的に自立するのは日本社会では不可能です。
参政権もありませんから、社会に不満を持っていても大きな力を持ってそれを改善できる事は少ないはずです。

だから、子どもは大人に守られていると同時に、支配されてもいます。

その力関係から、子どもは大人のいうことを聞かざるをえないのです。言うことを聞かないと御飯が食べられません。喧嘩をしても負けてしまいます。ほしいものを買ってもらうには逆らってはいけないでしょう。


<性的虐待の潜在化>

子どもの人権は無視されがちです。

あなたがもし子どもという時期ならば、あなたは誰かにあなたの体を触られて嫌な時いやといえるでしょうか。言葉で傷つけられた時、真剣に反論を聞き入れてもらえるでしょうか。家族の誰かが、性的に虐待していると訴えて他のおとなは信じるでしょうか。

深刻な状態になるまで、例えば妊娠など体の変調が周囲に知れるまでは無視される可能性がとても高いのです。

家庭以外でいい人が、家庭内でもいい人かどうかは分かりません。家庭内の問題は、プライバシーの領域に入るので、他人が関わる事がとても難しいのです。

その為に、ある家庭で子どもの人権がおかされていても、それが性的な虐待であっても潜在化しがちです。家庭の問題を家庭内で、話し合って解決する、外の人間に問題を相談する、そのようなこと自体必要なのですが、大変難しいのです。


<子どもの心理>

おじいちゃんは好きだけど、いっぱいチューされるのは嫌という事もあるでしょう。
おじさんは好きだけど、お風呂にいっしょにはいるのは恥ずかしい事もあるでしょう。
父親がすごく嫌いだと、べたべたされるのはいやってこともあるでしょう。
好きな人だから、好きなことされていいと思うわけではないのです。

(大好きなおXXちゃんだから、おXXちゃんがしたいようにセックスしてもいいわけなんてどこにもないのです。おXXちゃんが怖いから我慢しているのです。あるいは好きだから言えないのです。これは不均等な力関係のカップルの状況にも似ていますが。余談。)

どうして子どもは大人に、あるいは自分より力のある子どもにいやなことをされて嫌と言えないんだろう。

嫌というと叩かれるのではないか、御飯が食べられないのではないか。好きなことやほしいものまで、嫌だといったためになくしてしまうかもしれません。

他の人に言うと殺すとか、もっとひどい事になると脅されている場合もあります。自分さえ我慢すればいいと誰かの憂さ晴らしを引き受けているのかもしれません。

あるいは単純に(とも言えませんが)、いやな顔をされる、家中が雰囲気悪くなると愚痴られる。そんな理由があるかもしれません。虐待する大人の優しい顔も知っているからこそ、他の人に告げ口したくないかもしれません。子ども自身が原因を作ったと思い込んでしまったり、性的虐待の場合は被害者が自分自身を共犯だと錯覚してしまう場合もあります。

被害者である子ども自身の立場にたって考えると、何がいやで、何がいやでないか、いつも感覚を研ぎ澄ました状態でいられるものでしょうか。鈍感でいるほうが、いやなことは何も感じないほうが楽だからと、自分の気持ちを閉じこめてしまわないでしょうか。


■ 虐待か否かの境界線
□ 近親姦が特に問題とされる点
■ 被害に共通する特徴
□ 世代連鎖を指摘する意味
■ 繰り返される被害者落ち度論
□ 被害防止のために今私たちができること
■ 虐待の徴候・チェックリスト

統計の出典:
APSAC handbook on child maltreatment. 2nd ed. edited by Myers, John E.B.. Berliner, Lucy. Briere, John. Hendrix, C.Terry. Jenny, Carol. and Reid, Theresa A.. Sage Publications. Thousand Oaks, CA. 2002.
Classic papers in child abuse. edited by Donnelly, Anne Cohn. and Oates, Kim. Sage Publications. Thousand Oaks, CA. 2000.
(APSAC = American Professional Society on the Abuse of Children)


さらに [本からの引用・要約を読む]

[10/Mar/2001 revised][originally written in July/1999]

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