概観 虐待か否か 近親姦の問題点 被害の特徴 被害者落ち度論 * * 世代連鎖 * * 防止のために チェックリスト サイトマップ |
March 13, 2003
虐待の世代連鎖を指摘する意味はどこにあるのか 子ども時代に虐待被害を受けつづけることは、暴力と恐怖による支配関係を学ぶことでもあります。 もし、暴力と恐怖のない信頼関係が築ける可能性を学べる場所がどこにもなかったら、その人が愛情と信頼による人間関係を築ける可能性はとても低い。 けれども、他の場所で愛情を受けていれば、支配-被支配でない信頼関係の築き方は学べます。人間関係の築き方や可能性を学んで、それを応用する力が私達にはあります。 世代連鎖を伝える報道でとても恐ろしいのは、虐待を生き抜いた人たちが虐待予備軍のように扱われることです。 虐待加害者が被虐待児だったことはあるでしょう。それは加害者更生の助けになりえる成育史の情報です。 また、被虐待児か否かを問わず、子どもが安全と感じることや、愛されていると実感していること、自分自身のかけがえのなさを知ることはとても大切だということも世代連鎖の事例は教えてくれます。 間違えないで下さい。もしも、あなたが被虐待経験を持っていてもあなたが虐待すると決まっていません。(それでもあなた自身が不安なら、子どもに深く関わることや子どもを持つことはしばらくやめておけばいい。子どもを持っても持たなくてもあなた自身が幸せにはなれるのですから。) 虐待されて虐待する人の割合は実際のところわかっていません。それは、虐待されなかったから虐待しない人が何人いるのか分かっていないことと同じです。 また性的虐待に関しては、加害者の圧倒的多数が男性で、被害者の圧倒的多数が女性です。もしも、虐待被害者が加害者になるとしたら、加害者と被害者の性別比にこのような偏りがあることはおかしいですよね。男性・女性の性役割そのもの、そういった性別についての社会的なこだわりが個々人に押し付けられていることが、世代連鎖以前に問題なのではないでしょうか。 重要なことは、私たちは経験したことから実践へ結びつける力を持っているということです。子どものころの経験では実践できることが限られているのなら、可能性を広げましょう。何もかも、虐待を受けたために不可能だと決め付けるいわれはありません。男性だから、女性だから、子どものころどうだったから、今できないことがあるとしても、今になってどうしてもやってしまうことがあるとしても、そこから自由になれる可能性はゼロではないはずです。 Copyright 1999-2003 Lati. All rights reserved. |