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カミングアウト断章

何カ国かの人々が集まったパーティーで出会ったベンの首もとにダビデの星が光っていた。お互いの顔を見て話すのにバッチリ視界に入る位置。その日パーティーで出た料理の冷凍パイやおいしいパンやチーズ、ナッツ類が YWCA で安く手に入ることなどを話していた時に「日本ではコーショー・フードが手に入りにくいので困ります」とベンがにこやかに口にした。
胡椒入りの食べ物?と検討違いな事を想像して話の筋が分からなくなり目を泳がせていたら、「K-O-S-H-E-R。スペシャルなクックでミックスしないで食べることです」とその場にいた友人が教えてくれた。そういえばユダヤ教関連でそんな事聞いたことがあるような気がするな。
後で調べてみたら、日本語カタカナ表記ではコシャフード、肉は豚以外のひずめの割れた草食動物、海産物はヒレとウロコがあるものでユダヤ教の律法にそった調理法で調理されていることが必要、肉と乳製品を一緒に食してはいけないなどの決まり事があるようだ。

ベンは真夏なのにニット帽をかぶり黒のランニング、カーキ色のカーゴパンツにサンダル姿。同じような格好の人はどこにでもいて、見た目からはユダヤ人だということは分からない。胸元に光る六方星のペンダントのせいで、私にはベンがとてもまぶしく見えた。「私は〜である」ことを隠さず当然の権利や信念として生き方やみなりに現す人に弱いのだ。実はユダヤ人に会うのは初めてって事でミーハー的に感激した点も大きいのではありますが。。

その日のパーティーの主催である平太も「私は〜である」ことを常に主張しているタイプ。「今日は僕の彼氏は仕事で忙しいから来てないんだけど」「え?彼氏?」「そう彼氏」。得意の先手必勝技で接客していた。平太を見ていると常に主張する/せざる得ないことがこの人の当然の権利の条件なのかなと感じる。
ベンのネックレスも平太の初対面から話題にしていく相手を選ばないアウトさは日常だ。それをカミングアウトという理屈で捉えようとする私がいる。

私にとってのカミングアウトとは、相手とコミュニケーションをきちんと取ろうと意識した時点でするものになっている。確実に場所と相手を選んでいる。そういう自分はヘタレなのかしらと思ったりもするが、「私はレズビアンだから」と告げたところで「言葉としては知ってるんだけどサ、実際知らないんだよね」と返されると、説明を加えているうちにたいがいややこしいことになる。通じない内に卑屈っぽいしんみりした話になっちゃったりして。で、「それは君の問題だからわざわざ人に言う事でも巻き込む事でもない」なんてアドバイス受けて「(それ、差別発言です)」と心の中で思いつつ、今日はここまでと退散したり。ちっともサマにならない、かっこつかない。もしかしてしない方がマシ?という気持ちになる事もしばしばの堂々巡り。

私にとってのカミングアウトと平太やベンの日常のアウトさの違いは何だろう?と考えた。どうして私には「これはカミングアウト」という納得の仕方が必要なんだろう?

ズバリ、私は他人に期待している。「それは素敵なことだね!」「気がついてよかったね!」「応援するよ!」「教えてくれてありがとう」「おめでとう」という、祝福の言葉をかけてもらえる事を。そういう言葉が聞けないことに常に強迫観念を抱いている。受け入れて欲しいと思って話した相手の無愛想な対応にがっかりしている。祝福されないことで増々自分がレズビアンだということに意地になる。しまいに泣く。
そんな奴めんどくさいよ、自分でも、マジ…。強迫観念なんて忘れて堂々としたい。他人に対する期待なんて捨て去りたい。どうしてアンタたちにできてアタシにできないの?く〜っ

あの日のパーティーの片付けの後、一つ残したテーブルでベンと平太が残りものをつつきながらおしゃべりしていた。私も帰る前に一休みと一緒にテーブルを囲んだ。「さぁどうぞ、どうぞ。ぼくたちは平等です。同じ量を食べなければなりません」。一瞬ぎくりとした。たらふく食べた後にまた食べなければならないの?まさかね。「それは拷問だよ!」と答えると、二人のまじめな顔がいたずらっぽい顔に変化した。

皮肉な冗談であっても、それを笑って対応できるような自分になりたい。いつでもどこでも。それには他人に対する期待=強迫観念と早くサヨナラしなくっちゃね。こうやって文字にしてる時点で、整理ができてきてるのかな。うーん、例えサヨナラできても、こういう事でくよくよしてる時期を忘れたくはないと思う。

Text by mike
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    * 参考 用語解説:カミングアウト
    ある人(友達・家族・職場など)に、今までこころにしまっていた自分の「性のありよう」(性的マイノリティであることなど)を伝え、そのことを踏まえて新たな人間関係を築いていく過程全体を指します。
    なぜわざわざ「性のありよう」を伝えるかというと、「恋愛や SEX は異性との関係からしか生まれない」「見かけが男の子だから男の子だ!」などと言う「フツー」とされていることから生じる価値観のギャップを埋めあい、より信頼し合える人間関係を築いてゆきたいからです。(Tatsuya)
    (*2003年4月に大学の入学式で配布したビラの用語集から。この時は、言葉に対する感覚が人によって違うし時が経てば変わることもあるという前提で、用語に解説担当者の名前をつけた。mike. 参照:フリーペーパー『ススメ▼オカマ』紹介記事 04.03)
     
     



     
    << 関連記事・参考URL >>
  • フリーペーパー『ススメ▼オカマ』紹介記事
    http://selfishprotein.net/lesart/jap/2003/030406a.shtml
    (mike) 04.03
     
  • Jewish Lesbians
    http://www.lesbian.com/jewish/jewish_intro.html

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    11.09.04
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