ガッコウが終わったので

December 30th, 2007

自炊する時間ができました(祝)。コンビニのおにぎりなど、決していやいや食べていた訳ではないのだけれど(便利だし)、うっかり蕁麻疹が出たりもしないし(原因不明)、何よりできたての温かいものが食べられるのがいい。あと、えんがわの様子を見ていられるのも安心。時間がある割に構ってやっていませんが。

そういえば、年頭に立てた目標は達成どころか手もつけてない。何のために立てたんだかね。

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学生時代を社会人の人が懐かしむのは、努力が一々認められる建前がほぼ通用する世界だからじゃないかなぁと思っている。仕事での努力はすぐ売り上げや給料に結びつくとは限らないし、能力と努力と成果と報酬の因果関係が不明瞭なことも多い。

大学には経済学の学士を取るために単位を稼いで基礎的な専門知識を身につけるだけのつもりで復学したんだけれど、努力が一々認められることがそれだけでありがたかった。ボツになるってのが基本的にはない文章を書くチャンスを与えられるというのも、自分が書いたものを最後まで誰かには必ず読んでもらえるというのもうれしかった。失敗したら失敗したで何でダメなのかを説明してもらえるのもすごい。

もちろんお金を払ってそういうサービスを受け取ってるんだが、でも直接的なフィードバックが一つ一つの課題なりコースについてあるってのがこんなにうれしいものだったのかと改めて思ったのですよ。で、こんな風に構ってほしい人を満足させられるシステムってガッコウの他にないとも思う。と、ここまで書いてから、うちの大学がアメリカ式だったからかなぁ、と考え中。

ベルリラを弾きたかった

December 30th, 2007

小学4年生のとき、選抜制の鼓笛隊に入った。運動会とかパレードでラッパを吹いて太鼓を叩きながら行進する騒がしい団体だ。私はそのとき、トランペットやトロンボーンでもなく、小太鼓でも中太鼓でも大太鼓でもなく、ベルリラという楽器を希望した。ベルリラは、縦型の鉄琴で、両耳(?)に安っぽい飾りがついている。その鼓笛隊では、打楽器の中で唯一旋律を奏でる楽器だった。上手くても下手でもそれなりに目立つ。そのベルリラを弾きたくて、私は鼓笛隊の入隊テストを受けたのだ。

ベルリラは一学年1人の割当で、私以外にもう一人希望者がいた。どちらかが譲るべきだ、と先生がいう。私は学級委員だったし、その先生は自分の知り合いだったし、もう一人の女の子は何かといえばすぐ怒って泣く子だったし、譲るべきは私だと、言われているのが何となく分かった。

他の楽器を希望した友達はもう練習を始めていて、バチや太鼓を打つ音がする。ベルリラだけ担当が決まらなくて僕らは練習を始められない。急に面倒くさくなって譲った。大人だね、と先生に褒められた。ちっともうれしくなかった。私はベルリラを弾きたかった。

what is unique about me

December 29th, 2007

大学院に行きたい理由が、その前にあった動機を思い起こすと非常に怪しい。本当に行くことになったら金銭的には苦しくなるのだ。3年前、通訳学校に通い出した頃の、食っていくために始めた勉強なり職業訓練が、結局食って行けない方向に向かっている。でも、全力で勉強しつづけないと、生きる意欲そのものをなくしてしまいそう。後ろ向き。

名前はまだない

December 28th, 2007

メガネを新調した。グレーのレンズにしたから寝不足でもまぶしさに耐えられる。

今までかけていたのは、フレームの質感が羊羹ぽくて、抹茶小豆と名づけていた。何度も布団の中で発見されたり、風呂上りに足元にすべり落ちていたのを気づかず踏み潰してありえない形に曲げたりしている。その度、手でぐいーっと直すってのを繰り返していたら、ここ数ヶ月は下を向くだけで勢いよく落ちるように。おかげでレンズもフレームも傷だらけですよ。新しいのを引き取りに行ったついでに、その古い方のメガネのフレームも調整してもらったとこ。

私のルークが

December 28th, 2007

NPR (アメリカの公共ラジオ局) がやっている The Bryant Park Project という番組を podcast で聞いていたのですが、2007年10月に始まったばかりだというのに、ホストの1人である Luke Burbank が今月14日で辞めていたことに今日気づいた(号泣)。忙しすぎて、たまたまその週は聞いてなかったよ。。。

NPR を聞いているというとアメリカ人の友人はつまんないじゃん、テンポ遅いし(年寄り向け)、て言うんだけど、英語の勉強がてら、少し真面目な、一般向けの話を聞きたいときにちょうど良いです。NPR で挑戦的な意見表明は聞いたことがなくて、たいていはとても慎重な物言いだけれど、政治的にはリベラルな意見をきちんと入れていてその意味でも聞きやすい。

しかし、この番組は若者を取り込もうとしている実験的プログラムで、まだまだ色々と安定してない感じがする。他の NPR のホストと比べてやっている人たちも経験が浅いらしく、アーティスト相手のインタビューはかなりの割合で気まずいし、イントネーションや発音が変になることも割と頻繁にある。そういう成功とは言いがたい放送内容について一々コメントしたり、後日やたら丁寧に訂正したり、仲間の苦手としているところをネタにして番組内で笑い飛ばしたりしているのが、聞いてて面白い。

私にとっては、特に Luke Burbank の話し方とか、他の人たちからのおちょくられ方がツボだったので、彼がこの番組を辞めてしまった、というのは大変残念だ。一度、彼が NPR 看板番組のベテランホストである、Robert Siegel の真似をしてみせたのは、おかしくて仕方がなかった。

愛を語りたい

December 27th, 2007

何に対する愛かは問わない。できれば、夜通し語って、語り明かしたい。誰が聞くのだという話はこの際なしにして、とにかく愛を語りたい。
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立ち読みしてやめた

December 26th, 2007

帰りに立ち寄った本屋で、あの本のことを思い出し、実物を見ておくことにした。手にとって、開いて、少し前書きを読んで、パラパラと中身を見て、棚に戻した。あ、これは読まないや、私。

他人のカミングアウト話は聞きたいと思っていたけれど、他人にカミングアウトされた側の、親だの教師だのの話はどうでも良かったのだな、私、と気づいた。私の親とか知り合いとかの反応はその都度気にするけど他人のことはどうでもいいらしい。たく、どこまで自己中なんだ。いや実を言えば、読むのがしんどい。だから、読めない。

カミングアウトそれ自体を、私自身は何の気なしに何度も繰り返してきていて、親なんかはずっと前に言ってあって、私は彼らのところに行くと私がレズビアンだということは、親戚の人たちに言うな、と親に止められるのである。レズビアン云々に限らず、ある時点で興味があることは、緊張感なくペロっと口に出してしまう方だから、こんな風にはっきり言われないといやがられていることも気づかない辺り、おめでたい人間だ。

まあ、この裏を返せば自分自身のことについて、十何年も「わざわざ言わなくていい」と他人に言われ続けているのは、少しも愉快でない(それを言わなきゃいけないかどうかくらい自分で決めるから!)。うるさい。

親については、数年前レズビアンであることを法律名込みで公表してローカルに活動しようとしたときに散々妨害されたことに私はとても失望したけれど、私が名前を実質非公表にした後、おそらく彼らはずいぶんその活動に貢献したと思っているだろう。

それで、もし私がレズビアンであることについて親とお手紙を交換することがあるとしたら、自分が書くものはともかく、親は、まるで私のセクシュアリティを肯定しているかのような、優しい文章を書くんじゃないかなあ、と思った。

I don’t need your love. I want your respect.

subcontractor

December 22nd, 2007

1. 下請け〔会社〕
2. 協力会社
3. 関係会社
4. 関連会社
5. 派遣〔社員〕

■ 三菱化学の火災(茨城県神栖市;2007年12月21日)についてのニュース
- 『協力会社』 — テレビ朝日、日本テレビ、時事通信、東京、中日(共同)、中国
- 『下請け会社』 『孫請け』 — 朝日、読売、毎日
- 『関連会社』 — 東京
- 『関係会社』 — 時事通信、朝日
- 『派遣』 — 時事通信
- 関係不明 — NHK(※1)、産経(※2)、ロイター、TBS、テレビユー福島

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クリスチャンだったのね

December 11th, 2007

推薦状は書いて預けておいたからいつでも取りにくればいいよ、あと、ペーパーの成績は○○だったし、とわざわざ連絡してくれたセンセイ(マイラブ)のメールは、XX にしばらく行ってきます、じゃあね、メリークリスマス、という〆でした。それでようやく、え、クリスマス、もうすぐ? と気づいた次第です。成績って、あの、ペーパー二つあるんですが、どっちですか、と問い返したいところ。オンラインの記録が更新されるのを待った方が日本帰国より早そうなのでメールではもう聞きませんけど。

しかし、毎度やや謎なメールをくれるよな。実は質問されるのを待ってる?とか、ミニマリズムを追求しようとして失敗してる?とか、思う。

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それにしても我ながら分かりやすい。構ってもらえないと死ぬ勢いだ。

旅行したい

December 7th, 2007

無料で映画が見られるというので行ってきた。よくよく考えてみたら交通費がそれなりにかかるので全然お得じゃなかったが、まあいいや。

それで、上映された映画がインドネシア語(ジャワ語かも)とベトナム語ベースで、英語字幕。たまたま今回字幕の量が多かったせいか、とにかく上映中、ずっと読んでいたような。映像見てる余裕なかったよ。ちょっと疲れた。

上映後の英語での解説は日本語の通訳付き。で、2人目の解説者になった途端、通訳のデリバリー・クオリティががくんと落ちた。1人目を訳したときより通訳者の人が断然緊張していて、よく整理された内容のはずなのに、聞きづらい。逐次訳が入るたび間違えるんじゃないかとドキドキして居たたまれない。オリジナルが完璧すぎて通訳者のコンプレックスが刺激されてるのかなあ、と考える。会場からの質問も2人目の人に対してはほとんど出なかった。

その後、当の解説者に話かけてみたところ、予想通り自分にとっては話しやすい人だった。これは話し手と通訳者の相性としかいいようがないものかしらね。

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ガッコウが英語世界だったせいか頭の切替が済んでいなくて、日本語より英語の方が先に出てくる。色々と完璧からは程遠いが、何かの拍子に口をついて出るのは英語。普段乗らない路線の電車で、ちょっとした異国気分を味わう。知らない人に日本語で話かけてみたり。

いま わたしは アジアにいます。