「帰国子女」でも「ハーフ」でもない
■ 萩原弘子 (著). (2002). 『ブラック―人種と視線をめぐる闘争』. 毎日新聞社.
(前略)人種差別(racism)は、皮膚の色を理由とするものではなく、奴隷制度と植民地統治で築き上げた権力関係をその後も維持するために、皮膚の色が、はっきりと人為の権力関係を自然化してみせる論法として利用されている。(p. 33)
日本語でいうところの「民族差別」について日本語で話をするときに何かが通じていないようだと思っていたが、私が「人種差別」というとき、私の頭にあるのは英語の racism だということが今になって判明した。
実のところ私は英語で考えて日本語に訳しているから、日本語でのコミュニケーションに失敗するのだと友人に言われたことがある。実際自分の発している日本語の言葉と英語の概念のずれに気づいていないものはこの他にもありそうだ。逆ももちろんあるけど。
Filed under books, journal | Comments Off1月の本棚
■ 島本慈子. (2008). “ルポ 労働と戦争―この国のいまと未来.” 岩波新書.
日本の話だけど、だからこそこの国に軍を持つアメリカ人には読んでほしい。本気で英訳したい。内容は、地域の雇用を提供する場としての米軍基地の存在、民需と軍需の境目は今でもかなりきわどいこと、憲法第9条が果たしている歯止めとしての役割について。自分の労働の成果として誰かが殺されていることは決して他人事でない。これは去年某米系企業に派遣されたときにはっきりと感じた。一度働くことと殺人が繋がることを意識してしまうと同じようには稼げなくなってしまう。同じ著書の『戦争で死ぬ、ということ』 (2006) はこれから読む。(以前読んだ『ルポ 解雇』 (2003) も熱くてよかった。)
オバマ新大統領の就任式では開始の合図に古い型ではあるけれど大砲が使われていた。今の日本で熱狂的に支持される政治家が現れたとしても、お祝いの席でああいう人殺しの道具を使うのは避けると思う。宇宙ロケットや航空ショーをやってるんじゃああるまいし。映像を見ていて、軍事式典ぽいなぁ、と思った。
■ 小森陽一. (監修). (2003). “研究する意味.” 東京図書.
竹村和子と岡真理のインタビューは丁寧に、あとはざっと読んだ。色々な人がいうのに共通しているのは、古典と先行研究をとにかく読むべしという教え。まあまあ焦るな、と自分をなだめる。
ここから追加分。
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12月の本棚
■ 斎藤美奈子. (2003). 『モダンガール論』. 文春文庫.
この人の書くものは割と好きなのに人に上げてしまうから手元にはほとんどない。どれも論点整理が上手で分かりやすい。読後口伝えで人に説明しようとすると返って分かりづらくなるので、ええい、自分で読め、となる。この本は祖母や母から聞いたことを思い出しながら読んだ。レズビアンのレの字も出てこないけれど、『青踏』やリブの活動の中にレズビアンぽい人やトランスぽい人や、自分でレズビアンと言っていた人たちがいたのを知っている。
裏に書かかれているこの本の宣伝文句はこんなの。
“女の子には出世の道が二つある! 社長になるか社長夫人になるか、キャリアウーマンか専業主婦か―。職業的な達成と家庭的な幸福の間で揺れ動いた明治・大正・昭和の「モダンガール」たちは、20世紀の百年をどう生きたのか。近代女性の生き方を欲望史観で読み解き、21世紀に向けた女の子の行き方を探る。 解説・浅井良夫”
ちょうどこの前の読書会で2編米国のゲイ&レズビアンの近代経済史を読んだところ。このタイミングじゃなかったら読まなかっただろう。社長「夫人」なんてはじめから自分にはありえないし、主婦論争や中高生時代に同世代でつるんでいる女の子話も自分にひきつけて考えることはない。それでいて2世代前については(進学を諦めて製糸工場や奉公に行くなど)親近感を持って読む。
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2009年2月3日追記:
はっきりとは書いていなかった。これは経済史の本。だから私にとって面白いのかもしれない。
近代経済学と経済史の2分野が、経済学とポリティカル・エコノミーとが断絶されているのと同様に、切り離されていることは意外と知られていないかもしれない(と経済学には疎いと思っている人たちと話していて気づいた)。これはいくら反証を積み重ねられても絶対に前提条件を見直すことがないというある種の経済学が持っている頑なさでもあるし(何のための経済学なのかと思うのだけれど)、普遍性を果てしなく目指した社会「科学」の結晶としての経済学のもつ学問としての自律性を考えれば当然のようにも思う。個別事例から切り離した経済学理論を立てようとしているのが近代経済学だというよな、たぶん。
Filed under books, journal | Tags: quotes | Comments Off“A Photographer’s Life.” (2006).
Annie Leibovitz の写真集を買ってしまった。この写真集の制作途中に撮られたと思われる、彼女のドキュメンタリー(米テレビ局制作)を映画館で見て、この人に興味を持った。それまでは名前くらいしか知らなかった。今月になってちょっと確認したいことがあってついに買ってしまった。Susan Sontag (1973) “On Photography” と一緒に。
購入ボタンを押したときは毎度の自己嫌悪に泣いたけれど、実物が届いて物理的なボリュームを目の前にしたら諦めがついた。何よりでかい。手持ちの本で大きさとして匹敵するのは解剖学の本くらいだ。
はしがきというか、エッセイが一つ入っていたので、先にそれを読む。ま、これが目的で買った訳だが(そう考えると高すぎるんだけど)。ハードカバーの写真集で、版がとにかく大きくて、その割にエッセイは短い。そしてページは取ってある。そんな訳で、フォントサイズがまたでかい。床に広げておいても読みやすいのはいいが、これではスピーチ原稿のようだ。せっかくなので音読。
読んでいるうちに、ドキュメンタリーの食い足らなさを思い出した。話が言ったり来たりするところとか、一つのことに深く切り込むかと思えば思ったより浅いところで言うのをやめてしまう感じとか、似ている。ここでもうちょっと踏ん張れよ、内省してくれ、と何度も思う。
そのうち、そうだ、この写真集はタイトルの通りこの人の人生を語っているのであって、Sontag との関係を語っているだけじゃなかったのだった、他の話もするよな、と諦めがついた頃に、ふっとまた Susan はねー、こういうのが好きだったんだよねー、ほんとあのひとは好奇心旺盛でさ、このときはすっごく喜んでたんだー、と言い出す。そのまま Susan の話をするのかと思いきやまた違う話になる。そうやって、何度も何度も一緒に過ごした時間を、もう居なくなってしまったことを確認しているような文章。
この二人が最後の20年だったか、パートナー同士だったことが特に取り上げられることはなくて、でも隠している風でもなかったはず。私自身が Leibovitz の生き方で共感するところはごく僅かだったりするのだが、こういう関係を結んだという話が聞けるのはいいな、と思った。
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今 amazon.co.jp の説明文翻訳を見たら “I don’t have two lives” が「2つの人生を生きることはできない」と訳されていた。確かに表紙裏の宣伝文句に引用されているのはこの一文だけだが、エッセイでは次にこう続く。”This is one life, and the personal pictures and the assignment work are all part of it.” おそらく本来の文脈での意味より、売れる方向に宣伝文全体を持っていくのが優先なのだろう。この日本語だとレズビアンだと初めてカムアウトしたかのように見える(そう読むのは私だけか)。
ここでのパーソナルな写真 the personal pictures というのは、両親やきょうだい、パートナーや自分の子ども、そういう人たちをプライベートで撮ったりそういう人たちに撮られた写真。だから、”I don’t have two lives” と言っても気負って、別に2面性のある人生を送ってきたんじゃないからねっ、という意味で言っているのではなくて、「私にとっては2つの人生があるわけではない。仕事もプライベートもどっちも人生の一部で、それぞれの場面で撮った写真はかけがえのないものである。だからその両方をここに収めたのだ」と冷静に説明しているだけの話だ。
Filed under books, journal | Comments Off9月の本棚 その2
8月から読み始めていた古本屋で買ったもの。
■ 竹内靖雄. (1989). “経済倫理学のすすめ―「感情」から「勘定」へ.” 中央公論社.
発展途上国に対する失礼な言い方など、いかにも主流派の経済学者らしい。例題として挙げられているものの中に、自分の意見と相容れないバイアスがあるのだが、それはともかく一つ一つの例題にあともう二つくらい視点を増やしてくれれば、この本の説得力は増すんじゃないかと。ベジタリアニズムについてはあまりお勉強されてないみたい。残念。
■ 橘木俊詔. (1998). “日本の経済格差―所得と資産から考える.” 岩波書店.
前に読んだような気がしてならない。たぶん使われている統計を散々見ているので(というかこういうトピックではほとんど統計しか見ていないので)、記憶が曖昧なんだと思う。すでに同じ本を持っていたんじゃないかという不安があるけどまだ二冊目を見つけていないのでやっぱり今回初めて読んでいるんだろうかね。100円だけど。
■ 広井良典. (1999). “日本の社会保障.” 岩波書店.
タイトルから想像していたのと内容が違う。でも面白かった。ここしばらく、リスク・マネージメントとしての社会保障(要は保険)しか学んでいないので、視点がリセットされた感じ。参考にされているものが英語で読めそうなのもよかった。このひとの主張はここでまとめられているのが分かりやすい。
■ 中村尚司. (1994). “人びとのアジア―民際学の視座から.” 岩波書店.
いちいち日本にいる自分に戻ってくる。パーソナルな視点が大事みたい。
賃仕事がない時間は無償労働しても可
そして独占。
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フェミニスト労働経済学を勉強して良かったのは、多少なりとも他の家のことが分かるようになったことだと思う。
両親の性別による役割分業のシステムが崩壊していたことと、父親の男性性が私たち姉妹にとって非常に迷惑な形で発露していたことには関係があるはず。サンプリングの時点で間違っている気もするが、そういう場合もあると。
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次回の読書会テーマは一般的な関心の高そうなゲイ・マーケティング。手元にある、 Alexandra Chasin. (2000). “Selling out: the gay and lesbian movement goes to market.” NY: Palgrave. を読み返している。改めて読むとこの本の文章が passionate なことに気づいた。前半は歴史をおさらいしているだけなので、後半を中心に再読。
boycott に関する章が特によい。購買力がなきゃ意味のあるボイコットはできない、という当たり前の事実を熱く語っているだけだけど、あえてこの分野でボイコットを取り上げた上で、ボイコットという運動の方法が受容してしまっているボイコットする側の内部格差について発言している人は(少なくとも発表時点では)他にいないと思う。あと彼女が書いているのは例えばフェア・トレードが個別の生産者や流通業者レベルで生活の質向上に貢献しているといえるかもしれないが、富をどう配分するかのルールは何も変わっていないことと、消費者側にもそれを選べる人と選べない人のいる前提の再確認。
私はどこでどう勘違いしていたのか、ずっと男性だと思い込んでいた。どう見ても女名前で、裏表紙には “She…” と著者プロフィールがあるのに。”Lesbian & Gay Studies” ではなく、”Gay Studies” にカテゴライズされているせいかもしれない。一般的にゲイ・マーケティングと言ったときは、可処分所得(disposable income の日本語訳が分かったので使ってみた)の多い、ゲイ男性をターゲットにしたマーケティングを指すことがほとんどではある。
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